第弐拾八話「夢は雪原驅け巡る」
(…あゆ、何処にいるんだ…?)
山を降り、私は必死であゆを探す。神経を集中させ、六感を全て使いあゆの居場所を探る。駅に近づくにつれ高まるあゆの気配。あゆはそう遠くへは行っておらず、恐らく山と駅の間の何処かにいる…。やがて駅東口裏の通りに差掛かった時、一本の街路樹の下にコートを脱ぎ捨てうずくまっているあゆの姿を見掛けた。
「あゆ、こんな所にいたのか…。もう逢えない気がして、必死に探したぞ……」
「……」
しかし、あゆは私の声には反応せず何やらひたすら手を動かしていた。
「何をしているんだ…?」
「…探し物だよ…」
「探し物…?いつもお前が探していた物か?」
「うん…。今までは商店街にあると思っていた…。でもあの山に登って思い出したんだ…。探し物は商店街じゃない、この通りの何処かにうまっているって……」
「通りって…この辺りの街路樹一帯の事か…?」
「うん…どこかの街路樹にうまっているはずだよ…」
辺りを見渡す限り、街路樹の通りは左右に500mは広がっている。木の数を数えるだけでも数十本は下らない。この中から探し物を見つける、それは森の中から特定の木の葉を見つける行為に等しい。しかし、あゆはそれでもひたすら地面を掘り続ける。その指先は泥がかぶり血が滲み出している。
「あゆ、もう止めるんだ!」
「だめだよ…。今探さなきゃもう見つかれない、そんな気がするんだ…」
「だからといってそんなに指がボロボロになるまで探し続けるな!私はあゆが傷付く姿は見たくない、後は私が探すから…」
「祐一君……」
私はあゆを制し、変わりに掘り出す。鍛えられた私の腕では素手で掘る事など雑作もない。
「祐一君、やっぱり優しいね…。でもね、祐一君が言った通りだよ…」
「そうだろ、だから掘るのは私に任せてお前は…」
「ボク、ずっと祐一君と同じ夢を見続けていたかったよ……」
「えっ、おいあゆいきなり何を言いだすんだ……」
しかし振り返った先には既にあゆの姿はなく、その気配すら感じる事が出来なかった…。
(一体何がどうなっているんだ…?)
私はそのまま家に帰り、蒲団に潜り込み思考を続ける。
(私が言った通り…もう逢えないという事か…。でも何故…?)
思考を続けるも答えが見つからない。もう逢えない理由、それは恐らく私の失った記憶と関係があるのだろう。
(眠れば何か思い出すかもしれないな…)
それを思い出したいと強く思えば、その想いが夢となって導き出されるかもしれない…。そう思い、私は微かな期待を夢に掛け深い眠りへと就いていった…。
「ねえ、祐一君…」
「なぁに、あゆちゃん?」
「もうすぐ帰るんだよね?」
「うん、もう冬休みが終わるしね」
「この人形にお願いすれば祐一君帰らない?」
「それは無理だよ…、その人形がかなえられるのは僕にできること。帰るのは僕にはどうすることもできないから…」
「そうだよね…。じゃあ、ここにいる間、ずっとボクと遊んでくれる?」
「もちろんだよ」
あゆと親しくなって何日が経っただろう…、冬休みが始まって、こっちに来て、それはホンの2週間程度の時間だった。でもその2週間が僕には1ヶ月にも2ヶ月にも感じた…。でも…、どんなことにも必ず終わりは来る、あゆと別れるのは好きなテレビ番組が終わる以上にさびしい…。だからこそ、帰るまでの間、忘れられないくらい楽しい思い出を作っていこう、そんな気になるんだ…。
「やっぱりいつ見てもキレイだよ、ここから見る景色は…」
そして僕達はいつものようにあの場所に来た。あゆにこの場所を教えられてから毎日駅で会って、この場所に来ている。僕は高所恐怖症で木には登れないから、街がどれだけキレイだかは分からない。でもそんなの僕にはどうでも良かった、その景色を見て喜ぶあゆの姿、それを見られるだけで僕は充分だった。
「それにしても、あゆちゃんはまだ冬休みが続くんだよね。うらやましいなぁ〜、僕もこっちの学校に通いたかったなぁ〜」
「フフ…、でも祐一君、変わりに夏休みが短いんだよ」
「えっ、そうなの?う〜ん、でも夏休みが短くなっても冬休みが長い方がいいよ」
「どうして?」
「だってその方が長くあゆちゃんと遊べるよ」
「そうだね…。祐一君、ボク祐一君と同じ学校に通いたかったよ…。そうすればもっと楽しい学校生活を送れたのに…」
「あゆちゃん、あゆちゃんは今の学校生活は楽しくないの?」
「うん…、仲のいい友達もいないし…。いじめっ子がいるし……」
「いじめ…?」
「うん…、ボクのお母さんイタコさんだったから…。だからクラスメートによく言われるんだ『お前のお母さんはお化け使いだ、だからお前のお父さんはお化けにのろい殺されて早死にしたんだ。こいつに近づくな、こいつに近づくとお化けにとりつかれてのろい殺される』って…」
「ひどい…ひどすぎるよ……」
「でもお母さんがいた頃は大じょうぶだったんだ…、学校でつらいことがあっても、家に帰ってお母さんの笑顔を見ればそのつらさを忘れることができた…。だけど…お母さんがいなくなった今は……」
「あゆちゃん……」
『俺と同じだな…。俺も学校でいじめに遭ってその辛さを忘れる為によくこの場所に来ていた…』
『子が父と同じ辛き運命を辿るとは悲しき定めよ…。然れば雪子の子は貴殿にとっての春菊に当たるのだな…?』
『ああ…。祐一君…、私の娘を宜しく頼むぞ……』
「えっ!?」
「どうしたの、祐一君?」
「ううん、何でもない。多分空耳だと思うから…」
「…祐一君、ボクの二つ目のお願いです…、この場所を祐一君とボクだけの学校にしたい…。ここで楽しい学校生活を送れれば、冬休みが終わってからのつらい学校生活にもたえられる気がする…。こんな願いはダメかな…?」
「あゆちゃんと僕との学校か…。いい願いだね、その考え賛成!」
「うん、じゃあ今からここはボクと祐一君との学校…、厳しい規則がなくて好き時に来られて、好きなことができる…、そんな学校だよ…」
あゆの2つ目の願いは、僕と一緒の学校に通うこと。それは秘密基地ごっこのように無邪気な子供の遊び。でも僕はそれでよかった。僕とあゆが一緒に通う、そんなことは実際には有り得ないのだから。だからせめて、この場所を2人の学校にする、その考えに僕が反対する理由はどこにもなかった。それに僕はここであゆから色々なことを話してもらったり、教えてもらったりした。そういう意味ではここは本当に学校なのかもしれない…。
「ねえ、祐一君、これ埋めてもいいかな…?」
「えっ、埋めちゃうの?どうして…」
学校からの帰り道、駅の東側の道路にさしかかった時、あゆちゃんが突然僕があげた天使の人形を埋めようと言ってきた。
「あそこに小さなガラス瓶が見えるでしょ?あれにこの人形を入れて地面に埋める…、タイムカプセルだよ」
「タイムカプセルか…、でもどうして、願いはまだ1つ残っているだろ?」
「ボクはもう2つかなえてもらったからじゅうぶんだよ。だから、あとの1つは未来の自分ために…、祐一君がこの街にもどって来るまでとっておくよ……」
「あゆちゃんがそう言うなら…」
そして僕達は2人で穴を掘った。子供の力だからあんまり深くはほれなかったけど、何とか見えないくらいの深さには埋めることができた。
「これでよしと!」
「でも目印がないのに見つかるかな…」
不安そうな僕にあゆは「きっと見つかるよ」と言ってくれた。保証はどこにもないけど、あゆがそういえば見つかる気がする…。
「明日はまだ祐一君と会えるよね?」
「うん、午前中だったら大丈夫だよ」
「それなら、明日は学校で祐一君のお別れ会だよ」
「分かったよ」
「それじゃあ指切り」
「うん!」
そして僕達は互いに指切りをして別れた。夕焼けをバックに手を振りながら帰って行くあゆの笑顔を見届けて僕も家に帰る。最後の最後まで楽しい思い出を作る約束を胸に秘めて……。
「佐祐理お姉さん、お待たせっ」
「今日は随分と遅かったわね。何か楽しい事でもあったのかしら?」
「うん!今日ね、祐一君とあの場所で約束したんだよ。今日からここがボク達の学校だって」
「ねえ、あゆちゃん、その人いつか佐祐理にも紹介してくれるかしら?」
「うん、祐一君明日帰るって行ってたから、明日佐祐理お姉さんが迎えに来た時でも…」
「佐祐理、そろそろ車を出すぞ」
「はい、お父様。行きましょあゆちゃん」
「うん」
「そういえば明日はあゆちゃんのお誕生日ね。プレゼントは何がいいかしら?」
「えっ、そこまでしてくれなくていいですよ。それにボクは何も入らないです、明日祐一君と楽しい時を過ごす、それがボクにとっての誕生日プレゼントですから」
「そう、それは残念ね…」
「…そして明日は日人君の命日でもあるな…。佐祐理、明日は私達も山に登るぞ」
「はい、お父様」
「そういえば明日はお父さんが死んじゃった日でもあったね…。そうだ!お別れ会が終わった後、お父さんに祐一君を紹介させなきゃ…」
「…そうだったな…」
肝心のもう逢えない理由、それは思い出せなかった…。でも、あゆの探し物、それが何であるかは思い出せた。ならば今の私に出来る事は……。
「よお、祐一、どうしたんだそんな暗い顔して」
「潤か…」
学校に着き、机の上で物思いにふけっていると後ろから潤に話し掛けられた。
「何か悩み事でもあるのか?友として相談に乗ってやるぜ」
「そうか…、なら頼む…。探し物があるんだ、でもそれが何処にあるか分からない、一人じゃ見つけられそうにないんだ…」
「つまり探し物の手伝いをしてくれって事だな。それくらいお安い御用だぜ。で、場所と探す時間は?」
「とりあえず江刺駅前に放課後掘る道具を持って来てくれ」
「諒解!」
途方もなく困難な私情に他の者を付き合わせるわけにはいかない。だが、潤の友情を無駄にするわけにはいかない、それに『力』の蝦夷の力を持っている潤なら何かと力になるだろう。そう思い私は潤に協力を求めた。
「遅いな…、潤の奴……」
午後4時を回ったが、潤はまだ来ない。今日は土曜なので授業は午前中で終わるが、潤は部活があるとの事で来るのは3時を回ると言っていた。
「待たせたな、祐一!」
「潤、遅かったな…って、その人達は……」
驚いた事に潤は應援團を連れ、私の前に馳せ参じた。
「人手が欲しいだろうと思って他の團員に声を掛けてたんだ。遅くなってすまなかったな」
「潤、気遣いは嬉しいが私情にそんなに協力を求める訳には……」
「祐一君、それこそ気遣いだ。我々は先の会戦にて君の助けがなかったら負けていた所だった。だからこそ、今度は我々が君を助ける番だ!」
「團長さん…」
「元々僕達の本職は應援だ。困っている人を應援、手助けするのは当然の義務だ。よって気遣いは無用だ、遠慮なく指示を出してくれ…」
「副團長さん…。みんなすまない、恩に着る…」
「オイオイ祐一、恩なんかいらないって。共に戦いあった俺達は皆友といっても過言じゃないだろ?困っている友をほったらかしにしている奴が何処にいる?」
「そうだな…。じゃあ、今からみんなに詳しい説明をする…」
私は應援團に今回の探索の概要を一部始終話す。
「…この通りの街路樹の何処かにその瓶は埋まっているのか…?」
「ああ。さっき言った通り、子供の埋めた物だ。そんなに深くはない筈だ」
「よし!では各自位置に付け!!それぞれの能力をフルに使って探索をするんだ!!そして見つけ次第私にその趣旨を伝えてくれ。その趣旨を私が『傳』の力で祐一君に伝える!!」
『諒解!!』
團長の掛け声により應援團が散開する。
「俺のこの手が光って唸る、探し物を見つけよと輝き叫ぶ…。シャイニングフィンガー!!」
「この波長は…違うな…、この波長は瓶のものではない…」
「瓶の中の人形に込められた想い…、それさえ感じ取れれば…」
各人が各人の能力を探索に応用出来る限りフルに使い、探し続ける。また、能力が応用出来ない者は出来ない者で、スコップで掘り返しながら作業を続ける。皆が皆探し物を見つける事に必死に想いを捧げている…、だから…、だから必ず見つかる筈―。
(祐一君、飛鳥が「思」の力で探し物らしき物を見つけたそうだ。至急飛鳥の元に行ってくれ)
辺りが宵闇に包まれ始めた頃、團長の声が響いて来、私は指示に従う。
「木を対象に『思』の力を張り巡らしていたら、2人の子供が想いを込めて穴を掘っている光景を感じて、その木の下を掘り返したらこれが見つかった。これで間違いないか祐一君」
「ああ…間違いない……」
その人形は泥で汚れ、頭の輪と片方の翼を失っていたが、間違いなくあゆと埋めたあの人形だった。
「それにしても、随分とボロボロだな……」
埋めてから随分と時間が経ったのだな…。そのボロボロさが長い年月を表していて何とも痛ましい。
「よし、では作戦終了だ!解散!!」
團長の掛け声により應援團はそれぞれその場を後にした。私はその一人一人に深く頭を下げそれを見送った。
「じゃあな、祐一」
「ああ、潤。本当にすまなかったなお前に声を掛けたばかりに随分と事を大きくしてしまって」
「だから気にするなって、友達って言うのはそういうもんだろ。じゃあ、来週また学校で会おうぜ」
「ああ」
最後に潤を見送り私もその場を後にした。
「ふぅ、それにしてもどうするかな…」
帰宅後、私は見つかった人形を手にかざしながら机にうなだれていた。あゆの探し物は見つかったが、流石にこんなボロボロの状態であゆに渡すわけにはいかない。しかし、自分の技量では到底この人形を修復するのは不可能である。
「祐一、入っていいかな?」
「名雪か?別に構わないが、今日は秋子さんの看病に泊まり込まなくていいのか?」
「うん。お母さんもう大丈夫そうだし、祐一私が居ないとロクにご飯も食べれないでしょ?」
「図星」
部屋に入りながら私に近づいて来る名雪。確かに名雪が不在で昨日の夜からまともな物を口にしていない。
「ふふっ。あれっ、それ人形?」
「ああ」
「随分とボロボロだね」
「何とかして直したい所なんだけど、俺の技量じゃそれは不可能だろう」
「ふ〜ん…。ねえ祐一、それ私が直してあげようか?」
「直してくれるのか?」
「うん。私、いつも祐一に頼っていたばかりだったから。だから今度は私が祐一の頼りになる番だよ」
「そうか、すまない…」
「謝る必要ないよ、私と祐一の仲だし。それよりも夕食何にする」
「何でもいいからとにかく美味くて豪華なものを食わせてくれ」
「分かったよ」
その日は夕食を食べた後、風呂に入りそのまま床に就いた。そして私も見つけた、自分の最後の探しものを……。
「はぁはぁ…、あゆちゃん怒っているかな?」
お別れ会の当日、僕は走りながら学校に向かった。後から家に帰ってお母さんから教わったけど、今日はあゆちゃんの誕生日でもあるらしい。それで誕生日なら何かプレゼントしようと選び探すのに時間がかかってしまった。時間がなく街の方までは行けなかったから、仕方なく駅裏の売店で何かいい物がないか探していた。あまり高い物は売っていなかったけど、お母さんがプレゼントは値段よりも気持ちだと言っていたし、僕は悩んだあげく赤いカチューシャをプレゼントすることにした。
「これにツノが付いていればシャア専用ごっこができるのになぁ〜…。っと、余計なこと考えてる場合じゃない、急がなきゃ」
僕は走りに走った。プレゼントをもらって喜ぶあゆの顔を浮かべながら。そして見えて来た、僕達の学校が。
「おそいよ〜、祐一君」
あゆはもう木の上に登っていて、いつもと変わらない笑顔を僕に向けてくれた。でもボクがあゆに近づこうとした瞬間、強い風が吹いた……。
「あっ…祐一…く……」
その瞬間、僕は何が起きたか分からなかった。強い風に吹かれて舞い上がる物体…、そしてそれがスローモーションのように僕の目の前に落ちて来た……。
「あ…ゆ…ちゃん……?」
気が付いた時目の前に広がっていたもの…、それは真っ白な雪を赤く染めて横たわっているあゆだった…。
「あゆちゃん、あゆちゃん!」
僕は必死であゆに近づく。頭の整理がつかない、一体何が起きたんだ!?強い風が吹いて、そして木の上に登っていたあゆちゃんが…。だめだ、その先は考えたくない、ついさっき起きたことなのにもう思い出したくもない…。だけど…、目の前には悲しい現実が広がっていて、僕に目をそらすなと問いかけている。
「ゆう…い…ち…くん…」
「あゆちゃん、しっかりするんだ!!」
「痛いよ…すごく……」
「しゃべっちゃだめだ!今すぐ僕が病院に連れて行くから……」
「あはは…落ちちゃったね…。ボク木登り得意なハズなのに……」
痛みを必死にこらえようと苦笑いを浮かべるあゆ。その姿が僕にはとっても痛々しかった…。
「でもね…、今は全然痛くないよ…」
「痛くないんなら絶対に大丈夫、大丈夫だから……」
「あはは…身体も動かなくなってきちゃった……」
「あゆちゃん…」
何だか嫌な予感がする…。痛みを感じないのは傷が軽いからじゃなく、身体がもう痛みを感じなくなっているんじゃないか…。それはつまり……、
「さようなら…、祐一君……」
「えっ!?あゆちゃんいきなり何を……」
「ボク、このままお父さんとお母さんの所に行きます…。だから、さよなら、祐一君……」
「あゆちゃん!あきらめちゃダメだ!!絶対に…、絶対に助かるから……」
「だって、お父さんもいない、お母さんもいない…、そして祐一君もいない……。これからのボクにはさびしくて悲しい現実しか待ち受けていないから…。一人ぼっちの毎日にはたえられそうにないから……」
「そんな悲しいこと言わないでよ!…そうだ!あゆちゃん、僕帰らないよ!!」
「えっ…?」
「お母さんに無理を言ってここにずっといられるよう、あゆちゃんの学校に通えるよう頼んでみる!」
「本当に…?」
「うん!ずっと、ずっと…あゆちゃんの側にいてあげるから…。だから、だから……」
「うれしいよ…。じゃあ、約束してくれる…?ずっと…ずっとボクの側にいてくれるって…」
「うん…」
そう言い、僕はまだ温かみが残っているあゆの手を力強くにぎる。
「だったら…指切り……」
「うん…!」
僕はにぎっていた手をそのまま組み替え、あゆと指切りをする。
「ほらっ、指切りしたぞ…」
「うん…、やくそ…くだ…よ……」
そう言った後、あゆは笑顔を浮かべ、そしてそのままゆっくりと目を閉じた…。
「…あゆ…ちゃん…?ダメだよ…ちゃんと指を切らないと約束したことにならないだろ……」
僕は必死にあゆに呼びかけた…。でも…でも…、再びあゆの目が開くことはなかった、その口から言葉が出ることは無かった…。僕と指をからませたまま…、その笑顔を顔に残したまま……。
「そうだったな……」
悲しみの中私は目覚める。目にはまだ涙の軌跡が残っていた…。そう…、私の想い人はもう……。
「祐一、祐一、起きてる?」
「名雪か?こんな朝早くに何の用だ?」
「昨日の人形直し終えたから渡そうと思って」
「本当か!?」
人形が直った!その一言により半ば夢の世界を見入ってた意識がはっきりし、私は名雪に部屋の中に入って来るように言う。
「はい。傷みが激しかったから殆ど代用品になっちゃったけど」
「完璧だ…。まるであの頃のように……」
名雪から手渡された人形は見事に修復され、7年前と殆ど変わらない姿になっていた。
「ありがとう…、本当にありがとう……」
「良かった…、祐一にこんなに喜んでもらえて…。ようやく祐一の役に立て…た…ね……」
そう言い終えると、名雪は私の胸元にゆっくりと倒れ込む。
「おい、どうした名雪!」
「ふぁ〜…ごめんね…、直すのに時間が掛かって殆ど寝てなかったから……」
一度意識を取り戻したかと思うと、そのまま眠りに付く名雪。普段は小学生でも眠らない時間に眠る名雪が、こんなになるまで寝る間も惜しんでこの人形を直すのに時間を費やしたのだ。私はその行為に胸を打たれた。自分の体も顧ず私の為に尽くしてくれた名雪の想いに……。
「名雪本当にありがとう…。お前の想い、決して無駄にはしない…」
そう言い、私は名雪を軽く抱き締めた後、先程まで私が眠っていた蒲団に寝付かせる。
「名雪、悪いがこれから出掛けてくる。すまないな、秋子さんが家に戻るまでずっと側にいるって約束したのに…。だからせめて、私の温もりが残るその蒲団で、ゆっくり眠っていてくれ…」
名雪に囁き掛け、一応出掛ける趣旨を書いた書置きを机の上に置き、私は自室を後にする。
應援團の力を借り人形が見つかり、名雪の力で人形が蘇った…。そして、皆のその想いが、私に悲しい記憶と邂逅する勇気を与えてくれた。
「雪か……」
外に出ると辺りは一面の雪景色で猶もその雪は降り続けていた。まるで全ての物語に終止符を打つが如く…。
「あゆ、聞かせてくれ。お前の最後の願いを―」
…第弐拾八話完
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